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雲仙への旅 その①

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 H18年の 5月6日 と 5月7日 の2日間。

 強行軍で九州の雲仙まで行って参りました。
 友達夫婦との旅。
 相談してお互いのつれあいどのへの、感謝の旅。






 ゆっくりホテルでの時間がすごせた、いい旅でした。
 ホテルがよかったです。
 とても気に入ってしまいました。

 今日は、そのホテル逗留までの記録です。
 いっしょに、九州までの旅、ご覧いただければ幸いです。



 さて、出発です。関西空港までは目と鼻の先のわが家。
 りんくうの駐車場は一日中泊めても最大400円です。 うれしいですね。
 友達夫婦とは、空港で待ち合わせ。 7:10発の福岡行きに搭乗しました。  
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 心が高鳴ります。やっと、GW気分。
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 飛び立ちました。 空は曇り空です。
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 瀬戸内海を、西へ、西へ。
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 福岡市内でモーニング。
 chikazoは、チョリソのホット・ドッグ。 パンは、もちもち。
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 前回の九州旅行からモーニングの定番となったお店 「ロッサ・ロッサ」 さん。
 スペイン料理が、朝から味わえます。
 友人はオムレツとパンのセット。
 mutizoさんは、パスタ・セットを、もぐもぐ。
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 レンタカーで、長崎県へ。
 到着は、お昼頃になりました。
 諫早市で、夫婦ともどもお世話になっております shizu さんオススメの名産のうなぎのお店へ。
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 立ち寄ったのは、和食のお店、「魚荘」 さん。
 2階はとても広いお座敷。
 眺めもよかったです。
 これは、mutizoさんの注文した、う巻き です。
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 mutizoさんは、無謀にも、これ (うなぎどんぶり) も注文。
 どんぶりがかなり大きいぞ。 大丈夫かあ?
 (自滅して、助けをもとめてきたのは、言うまでもありません。)
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 chikazo は、うなぎの定食。
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 いつまでもあったかいようにと、工夫がなされていました。
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 お泊りの宿、雲仙観光ホテルに到着いたしました。
 お宿は、こんな感じ。 
 レトロで、かわいいお宿。
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 この椅子のすわりごこちは、とてもよかったです。
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 部屋などに一切時計がなく、日常生活からは完全に遮断された世界を演出してくれていたのが、いちばんうれしかったこと。


さて、明日は、雲仙への旅② 「ホテルの夕食~朝の散歩」 編 です。



「雲仙観光ホテルの歴史」

 昭和7年4月設置の国際観光事業調査会により、外国人客誘致が国策として推進されることとなり、各地に外国人向けのホテルが建設されました。
 北は志賀高原から西は雲仙まで、15のホテルが新設あるいは改装されました。
 その一環として雲仙にも当時中国各地、特に上海・香港を主とする外国人居留者の避暑地として上海~香港~長崎航路による外国人観光客誘致を目的とした洋式ホテルの建設が決定しました。
 長崎県が大蔵省預金部の融資を受けて実行するにあたり、その運営を長崎県選出代議士であり堂ビルホテル経営の実績がある(株)堂島ビルヂング社長・橋本喜造に委託する旨の要請がありこれを受けて昭和10年10月10日、国有地及び県有地3,200坪の敷地に(株)雲仙観光ホテルが設立されました。
 設計施工を担当した竹中工務店の第1号ホテルとなるスイスシャレー風建築の建物は地上3階、地下1階建て、客室数61室、メインダイニング、バー、売店、図書室、、理容室、会議室、ビリヤード場、硫黄泉浴室男女各1室が完備されました。
 設立当時、雲仙はもとより長崎県内にもこれ程までに近代設備が整い豪華絢爛な建物はなく、景勝『雲仙』の恵まれた自然の中で多くの賓客をお迎えしてまいりました。その中で、ハンガリー文化使節団メゼイ博士は「雲仙の自然は実にすばらしい。南欧チロルの山の美にリビアの海の美を加えたようなものだ。崇高な世界美というものは、東洋的美と西洋的美が一体となったものと思うが、雲仙でこれを発見することが出来た。あれをごらんなさい」と言ってホテルを指さし『東洋的であり、西洋的であり、しかも何ら不自然さがない』云々との言葉を残されています。

 昭和21年、駐留米軍に接収され、休暇ホテルとして使用されていましたが、昭和25年には、接収解除され営業を再開、同年、国際観光整備法に基づき政府登録ホテルに登録されました。(第ホ29号)
 昭和29年3月には映画化された全国的人気ラジオドラマ『君の名は-第3部雲仙-』の舞台にもなっています。また、昭和36年4月24日より3日間、昭和天皇・皇后両陛下をお迎えしました。

 昭和54年、日本建築学会より近代日本の名建築にえらばれ、「この建物は建てられた時代を象徴する総合芸術であるとともに歴史を伝えるモニュメントでもある」との評価をいただきました。建物は現在も地域における貴重な構成要素となっております。
 
 平成15年1月31日には「この建造物は貴重な国民的財産である」とのことから国(文化庁)の登録有形文化財となり、昭和初期の感性を今に伝える重要な役割を担っています。
                           
                            (登録有形文化財 第42-0019号)
by chikazo-toto | 2006-05-09 22:33 | おでかけ・九州